概要
この住宅は、脊髄性筋萎縮症という難病を持つ夫と妻のための住宅である。
自宅での生活は、出来るだけ自分の力で生活出来るようにしたいという夫の要望だったので、そのことを住宅のシステムでどう解決するかが一番のポイントであった。一般的にバリアフリー住宅と言えば、何らかの理由で歩行に障害をきたした人が、自分の住まいの段差をなくしたり、一般的な手摺をつけたり、廊下を広げたり、可能であれば、エレベーターをつけたりする。いわゆる「バリアフリー改修」で折り合いをつけていることが大多数を占めている。この思考プロセスは、新築住宅の場合においても日常的に設計者の頭の中で行われているのではないかと言うことに、プランを考えていて気が付いた。
何らかの障害のある人であっても、我々に設計を依頼する時の要望は、例えば「中庭がほしい」「キッチンは対面に」「友人とくつろげる部屋がほしい」「ガレージは住居内に」健常者のそれと何ら変わる事はない。従って頭の中でそれら要望を満たすプランを考え、それらに付属的に廊下を広げたり、高さを調整して段差を無くしたり、手摺を付けたりして「バリアフリー改修」と何ら変わらないプロセスを思考の中で行っているのではないかという疑問を持った。
この小住宅のプロジェクトにおいて、障害のある人と健常者が共通で使えるゾーンに新しい住宅の形を模索することが、これからの高齢者も含めた住宅のヒントになるのではないかと考え取り組んだ。そこで、まず住居内では這ったり、膝立ちで移動することが多い夫を敷地の中央に置き、そこから各ユニットをほぼ等距離に配して、敷地の形状を配慮した形でプランを進めた。放射線状に周囲に伸びる施主の導線に沿って配したため、その結果、従来の直角に交わる住宅の構成とは全く異なるプランとなった。
夫のPCブース、浴室洗面、だんらん室、玄関、キッチン、庭のデッキ、寝室の各ユニットが夫を取り巻くように配され、それによって囲まれる空間が居間兼食事のエリアとなり、それらを一枚屋根で覆う構造になっており、明るく広々した空間となった。
各ユニットの外側はガルバリウム鋼板の波板で覆い、屋根や床、ユニットの内側の針葉樹合板と対比的にデザインした。屋根は全て束で浮かされている。
<手摺について>
伝い歩きで移動することに備え、手摺も全てのユニットを回遊出来るようにつけたが、その形状は実験をしてもらった結果、全く予想をしないものであった。
一般に手摺と言えば丸い断面のパイプ状のものを上からつかむのを想像するが、施主の体のコンディションから、実験の結果選ばれた持ち方がベストであり、その型も4~5種の中から最終的に現在の四角で奥がくびれているレール状のものに決定して、コーナーは手摺を立ててそれを中心に曲がるという方法がスムーズだと実験によって導き出された。
「バリアフリー改修的」思考プロセスではなく、今後の住宅の在り方としてプランそのものが「ユニバーサルデザイン」という考え方を1つの方向性として模索したいと考えている。